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2004年 12月 30日

今日出発

昨日仕事納め、会社の大掃除→打ち上げ→社外の人たちとの忘年会と
10時間以上飲みつづけ、いつ帰宅したかもよくわからず…。
酒弱いので、完全に二日酔いです。
これから荷造りスタートです(やばい!)
本当は会社寄ってから、伊丹空港に行くつもりだったのですが、
とても無理なので、昨日社外忘年会を欠席して先輩(2人とも呼ばれていた)
に仕事お願いしました。
13:20発の伊丹発のフライトで成田へ出発、乗り継いでアメリカン航空のサンノゼ行きのフライトです。
更新も滞りがちのブログでしたが、たくさんの方にお越しいただき、ありがとうございました。
みなさん、よい年を!
1/3に帰国しますので、また旅のご報告させていただきますね!
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by kawapei | 2004-12-30 09:26 | 旅行 アメリカ
2004年 12月 24日

NYへ行ってきます!

年末をひかえ、文字通り「師走」の日々の仕事ぶり。
「一難去らず、もう一難」で雪だるま式に増える仕事に青息吐息の毎日です。
すっかりブログの更新もさぼっていましたが、ようやく年末年始NYに行けることになりました。
年始に出勤の当番が入り、さらに年末締切りの仕事がてんこもりで、あのキャシャーンでもあきらめてしまいそうな状態に追い込まれましたが、「キャシャーンがやらねば、俺がやる」という意気込みで(笑)、なんとか目途がつきました。
12/30にまず、アメリカン航空で午前中にサンノゼに入り、12時間の滞在時間で、サンフランシスコを観光。22時発の夜行便でNYへ。31日の早朝6時過ぎにNYに到着です。直接NYに飛んでしまうと初日は夜について寝るだけになって、もったいないので、僕がよく使う手です。ホテル代も節約できて、一石二鳥です。NYでの予定はタイムズスクェアでのカウントダウン(3年連続3回目←これって高校野球の出場回数みたいで自分で書きながら笑っちゃいました)、叔父の墓参り、MOMA,後はミュージカルを1本ぐらいは観たいと思っています。NYの滞在時間は53時間なので、「ハッスル!ハッスル!!」で頑張るつもりなのですが、ひとつ問題が…。
木曜から原因不明の足の痛みがあり、歩くのも辛い状態。今日は休日出勤を早めに切り上げて、整骨院に行ってみたものの、すでに閉まった後。仕方なく、うちの親父が常連の整体師さんのところに行き、マッサージをしてもらったものの、まったく痛みはひかず。
歩くのも辛いのに大丈夫か?とかなり不安。そのときは、そのときで考えよう。
ホテルは、動き出すのが遅すぎて、やはり苦戦しましたが、毎年のパターンで間際になれば、BIG APPLE HOSTELは空いてくるだろうと踏んでいたので、それほどあせらず。
こちらも無事に取れたのですが、この時期は最低3泊からしか受け付けてくれないので、1泊分放棄になるので、最終的にどうするかは、まだ思案中です。
とにもかくにも、NYで年を越せることだけは確定しました!
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by kawapei | 2004-12-24 01:13 | 旅行 アメリカ
2004年 12月 14日

最初で最後のトヨタカップ

ややさんの「最後のトヨタカップ」に、トラックバックさせてもらいます。
今年は観戦に行けなかったので、思い出話を。
去年の今日は横浜国際で小学生以来の夢だったトヨタカップを生観戦した。小さい頃は東京に行くお金がなくダメで、社会人になってお金ができたら、平日開催のナイターになり、仕事が休めず行けなくなった。ようやくの日曜ナイター、しかもカードがACミランVSボカジュニアーズ(過去にミラノとブエノスアイレスで日程があわず観戦を断念した)、尚且つトマソンが出場するとあれば、盆と正月とハレー彗星が一緒に来たぐらいの奇跡で、これはもう行くしかないということで上京を決意。チケット確保には、サッカー仲間が協力してくれて、なんとかぎりぎりでゲットした。
そしていざ、横浜へ!というところだけど、年末のNY旅行もひかえ、お財布はやせ細っているわけで…。というわけで、青春18切符で横浜へ行くことに。前日終電まで働いて、帰宅して
仮眠をとって、6時に家を出る。天気がいいのか悪いのかも判断がつかない真っ暗闇をJRにのって、いざ東へ。横浜まで一直線はもったいないので、途中清水で下車して、天皇杯、清水エスパルスVS水戸ホーリーホックを日本平で観戦。本当は豊田スタジアムで名古屋グランパスVS横浜FCを観戦したかったけど、新幹線を使わないとトヨタカップに間に合わないので泣く泣く、あきらめる。過去に一度だけ日本平には来たことがあったけど、「富士山って、こんなきれいだったっけ?」というぐらい晴天の富士山は素晴らしかった。水戸ではトゥーリオが帰化申請をしたばかりで、報道陣もそのプレーに注目して集まっていた。奮闘むなしく、下馬評どおり清水の勝利を見届けて、また電車に揺られ、横浜へ。
横浜で義兄と合流して、試合30分前にスタジアムへ。
トマソンのゴールに歓喜し、そして両チームの死力をつくしたプレーに、後半終了間際には、「どちらもゴールせずに延長で後30分楽しませてくれ!」と祈ってしまった。結局PK合戦までもつれこみ、ボカが勝利したものの、今度は別の戦いが…。
翌日早朝のミーティングに間に合うためのただひとつの夜行バスの時間が迫っていたのだ。
ビクトリーランも拝めずに、スタジアムを出た後は、ひたすら走る。横浜駅のバス乗り場についたのは出発数分前だった(冷や汗)。興奮でなかなか寝付けないまま、4時45分に滋賀の米原に到着。ここから始発電車に乗り換え、大阪へ。眠気まなこでフセイン拘束のニュースを訊き、上の空のミーティングに参加したのだった。
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by kawapei | 2004-12-14 03:23 | サッカー
2004年 12月 09日

170万アクセス

170万アクセスと言っても、もちろんこのブログのことではありません(笑)。NY旅行情報をいつもいただいているNYの羅針盤的(←死語?)サイト「N.Y. LOVES YOU http://www.nylovesyou.com 」で、切り番を先週4日にゲットしたのだ。
4日(土曜)の朝までに仕上げないといけない仕事があって、風邪で体調不良ながらも、会社で徹夜で働いて、結局帰宅したのは11時ごろ。眠気まなこで風呂を沸かしながら、ネットサーフィン(これまた死語?)していましたが、170万アクセスが近いことは知っていても、28時間寝ていない頭は、仮死状態で全く気づかず…。風呂に入り、ようやく頭にも血が周り、サイト内の「ニューヨーク・ラブズ・ユー日記」のお祝いの書き込みを読んで、キリ番にどれぐらいニアミスしてたのかなぁーと思いのぞいてみると…。な、なんと1700000。喜びのコメントは、今風にナウく(みたび死語?)言うと、「超気持ちイイッ~」、ちょっとレトロに言うと、「秀樹、感激!」と言ったところでしょうか。とにもかくにも、眠気もいっきに吹っ飛び、「Never Better」な1日となりました!お風呂に入る前にPCつけっぱなしにしてて、よかった、よかった、ホント。もうすこしでキリ番ゲットに気づかぬまま、終るところだった…。
思えば、ギャンブル運は、競馬やパチンコでは、つきあいで行ったときも負けて帰ったことはなく、自分でも悪くはないと思う。でもくじ運はかなり悪く、参加者全員になんらかの賞品があたる抽選会で、名前が呼ばれないまま、司会者に「これで全員当たりましたね?まだ当たってない方が、もしいらっしゃったら挙手願います」と言われ、恥ずかしくとても手をあげれなかった経験が5回はあるほどです(哀)。当選したとなると雑誌「小学1年生」の読者プレゼントでドラえもんの映画のLPが当たって以来?。いやはや恐ろしい年月だぁー。
チョコミントティー、オーナメント、カレンダー、マウスパッドとたくさんNYにちなんだ賞品をいただけることになったのですが、ルーシーさん、Megさん、saccoさん、beaglesさん本当にありがとうございます!そしてJOJOさん、これからもNYLYには末永くお世話になります!
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by kawapei | 2004-12-09 02:59 | 旅行 アメリカ
2004年 12月 01日

デンマーク代表・そしてトマソンのいい話

メキシコワールドカップが初めてTV観戦したワールドカップだった。
だから今でも、誰になんと言われようが、マラドーナが一番すごい選手だと思う。
でもその大会で一番衝撃的だったのはデンマーク代表だった。ウルグアイに予選リーグで6対1と圧勝し、ドイツも下して決勝トーナメントに進出しておきながら、今度はスペインに5対1で完敗するという壮絶なチームだった。エルケーアラルセンとミカエルラウドルップの2トップと3-5-2という当時としては斬新なシステム(サッカー雑誌ストライカーのシステム分析の特集を熱心に読んだなぁー)は強く印象に残った。それ以来、いつの時代もなんとなく気になるチーム、それがデンマークである。予選で敗退しながらユーゴ紛争による制裁で出場停止となったユーゴに代わり代替出場し、見事優勝したヨーロッパ選手権など、ドラマが多いチームでもある。最近デンマークの試合をTVでも観戦することがなかったのだけど、先日サッカーには全然興味を持っていない友人から、「この話、絶対泣けるから読んでみて」とメールがやってきたのである。それは2年前、自分が涙してしまった話だった。2002年のワールドカップ直後(韓国で8試合、日本で1試合生観戦した)で、デンマークVSフランス戦も仁川で生観戦していただけに、ひたむきなデンマークのプレーだけでも大絶賛だったのに、さらにこんなバックグランドがあったのかとただただ感動した。そして、このサイトの話をいろいろな人にメールで教えたのだった(この話の反響が大き過ぎて、スポーツ紙の記者だったこの方のサイトはあることないこと、いろいろ言われることになり、結果として閉鎖されてしまいました)。そんな風に感動した人はたくさんいたと思うけど、めぐりめぐって、また自分のところにもどってくるとは…。ご存知の方も多いかと思いますが、あえてここに全文を載せたいと思います。
著者とは連絡が取れないので、当然掲載の許可もいただいてません。したがって何かご指摘をいただいた場合は削除させていただきます。以下、全文。
7月10日  デンマーク

昨晩スマスマを見ながら、熟睡しちゃった皐月パパです
「12時に登場させます」なんて言いながら・・・思いっきりウソついちゃった皐月パパです^-^;

これからは変な宣言するの控えようと思います^^;


言い訳はこれぐらいでおいといて♪


昨日から本来の担当に戻った皐月パパ
空はあいにくの雨模様だったが、久々の甲子園はいいものだった

星野さんにも久々の挨拶

彼はいきなり言った・・・


「おぉ!裏切り者!」と言い出した^^;

おそらく星野さん、阪神担当を離れワールドカップに借り出されていたことを
指摘し、それにイヤミを言いたいのでしょう

「そんな事言ってもしゃ~~ないですよ!
社命なんだから、ボクも断れなかったんですよ」

「ははは!冗談やないか!他紙の記者もお前みたいなヤツ多いしな・・・わかっとるわい!」」

こういう事を言うのが大好きなお人である^-^;
こんな彼に言う皐月パパ

「監督!もう少し頑張ってくださいよ!
俺がいない間に阪神首位から落ちてるし、阪神もう少し頑張らないと
このまま巨人独走で優勝決まっちゃいますよ?
そうなったらセ・リーグ面白くないですよ!」

「ま~~そう言うなよ!選手も頑張ってるんやからな」

「そうなんですけどね・・・そうや!俺ね!監督に
もう一つ言いたかった事あるんですよ!」

「言いたいことって何や?」

「先日の巨人戦で負けた時に、『今までの強さは錯覚』やった!って言ったでしょ?」
あれね~~俺は言っちゃダメだと思いますよ

「がははは!お前もそう思ったんか?」

「思いましたよ!将が言っちゃダメですよ!」

「それは俺も反省してるんや・・・思わず言ってもうてな・・・
あの日の晩、島ちゃん(島野ヘッドコーチ)にも怒られたんや」

島野さんなら確かに言いそう^^;

「へ~~やっぱり・・・そりゃそうですよ!」

「お前以外の記者にも結構言われたんや・・・
反省しとるから、もう言わんとってくれ」

「あぁ・・・すんません・・・ボクも差し出がましいこと言ってもうて・・・」

すると星野さんはこう言った

「ははは!ええわ!気にするな!
俺が見えんことでお前らが見えることもあるやろ?
だからな、遠慮なくこれからも言ってくれや!」

ホントにね・・・こういうセリフを上手に言う人
そりゃ~~星野シンパも増えるわけですよ^-^;


今日の出来事はこれぐらいにしておきましょう♪


今日の日記はちゃんとワールドカップのお話を語りたいと思う

あのワールドカップという宴が終わり、はや数日
皆さんも一度は見たと思う、いや必ず見たと思う

その中で、皆さんが印象に残ったことは何ですか?

ブラジルの優勝ですか?
お隣・韓国のベスト4という躍進ぶりですか?
『青の戦士』たちの16強の活躍ぶりですか?

「誤審のひどさばかりが印象に残った」という人もいるでしょうが、
この件に関しては後日語りましょう・・・

かく言う私が印象に残ったこととは、あの国のことである


デンマーク、皆さんはこの国をご存知ですか?

まずは簡単にデンマークという国の紹介をしましょう


デンマーク・・・
正式国名「デンマーク王国」
北欧の端に位置し、面積は43000平方キロメートル、北海道の半分ぐらい
首都はコペンハーゲン、人口は531万人
いたって小さな国である
言語は通常語はデンマーク語、英語でもほぼ通用する

これはボクの経験なんですが・・・デンマークをはじめとした北欧の国々は
異様なほどに税金が高いんですよ。まずは日本でいう消費税が最低20%はかかる
『サービス税』なんてものも含めるとたいてい30%~40%近くの税金が課税される

ですからね・・・北欧に旅行に行ってショッピングしようと思うなら
アメリカとかの感覚で行くと『えらい目』に合いますから^^;

ま~~税金高い分いい面も、もちろんあります
これらの国は福祉の充実度が世界トップレベルなんですよ
税金高いのは福祉のためなんでしょう
老後に住むにはこれ以上ない環境の国ばかり^^;

余談を入れちゃいました・・・・話をデンマークに戻そう・・・(・。・)


かのデンマーク、サッカーについては他の欧州国に遅れをとった
デンマークサッカー自体の歴史は古いのだが・・・
世界に躍進しだしのは、つい最近のことである

欧州選手権に84年初出場、ワールドカップ初出場は86年
この80年代から、世界がデンマークのサッカーを認めだした

このころから、彼らの躍進ぶりとスタイルから世界のサッカーファンは彼らのことを
ダニッシュ・ダイナマイトと呼びはじめたのである


そんな彼らが今大会、2002年日韓ワールドカップに出場することとなった
2大会連続、3回目の出場を決めたデンマーク

(↑ボクのデータですから・・・間違えてたらゴメンです^^;)



そして、このデンマークが今大会のキャンプ地を和歌山県に決めた

キャンプ地の説明は今ここではしませんよ^-^;
テレビでキャンプ地のことは何度か流れていたと思うし・・・

例を上げれば・・・そうですね
遅れてばかりで有名になったカメルーンと中津江村
ベッカムフィーバーでわいたイングランドと淡路島
これらが有名でしょう・・・

そして、和歌山県であるが・・・他の立候補地と同様に和歌山県側も誘致に必死であった
デンマークへ何度も訪れた。この苦労が実りキャンプ地決定の知らせを受けた
この一報に和歌山県の関係者は涙したという

和歌山に決めた理由は「日本のほぼ中心地であり、関空に近いから」という
それだけの理由だった・・・(・。・)


お茶らけはこれぐらにして、ここからは少しまじめに語ります
デンマークと和歌山県民の交流をまじめに語りましょう

それらを見てきた皐月パパの感想なり、想いを入れて書きたいと思う

ですから・・・今日は『落ち無し!』で参ります♪^-^;


では!真剣に書いていきましょう


読者の方々でもデンマークってどんな国?と普通は思いますよね?
「どこにあるの?」「デンマークのサッカー選手で有名な人は?」と
思うでしょう・・・これが普通ですよ^^;

アメリカ、イングランド、イタリア、スペインほど日本に名前通ってないし
デンマークという国の存在自体は知っていても
どんな国民性なのか?どのような人種なのか?って普通は誰も知らないものです


もちろん、これは和歌山県民のほとんどが同じであった
和歌山の街中ではこんな会話が交わされたという

「今度のワールドカップでデンマークって国が来るらしいけど知ってた?」

「それは知ってるけど・・・誰か有名な人いるの?
イングランドのベッカムとかイタリアの男前集団みたいに有名な人いるの?」

「う~~ん・・・知らない。
だけど世界で有名なんやったら、一度は練習見に行こうか?」


デンマークの練習を訪れた人は『この手の会話』がきっかけとなった人たちばかりであった
最初、いわゆる『野次馬』的な人が多かったのは事実である

最初の見学者は数百人程度であった、しかしこの数字が日々増えていった

この数字が増えた理由には以下のことが一番大きかったと思う


ワールドカップ出場国のキャンプ地での練習というものは
非公式、非公開が通例であるが、デンマークは違った
(イングランド、イタリア、スペイン、ブラジルといった強豪国はほとんど非公開でしたね^^;)

練習初日からデンマークチームの意向で全ての練習を公開した
さらに練習後には見学に来ていた地元サッカー少年たちを招きいれ
一緒にミニサッカーを行ったりもした

この評判を聞きつけ、デンマークというチームが
「むちゃくちゃフレンドリーで気さくな人たちばかりやで!」という口コミも相当あったという

そして、この翌日から見学に訪れる人が徐々に増えていった
初日はわずか数百人だった見学者が翌日には2000人
その翌日には2500人、そのまた翌日には3000人が訪れた

練習後には気軽にサインに答える選手たち

監督も練習後にはサッカー少年たちを招きいれ練習を指導したりもした

この監督にある記者が聞いた

「他国は練習を公開しないで、試合に備えていますけど
デンマークはこれでいいのですか?」と聞いた

すると、このデンマーク・オルセン監督はこの記者にこう答えた

「我々の強さは練習を秘密にしたところで変わらない
絶対的な自信をもって試合にのぞむだけだ
何より、キャンプ地を提供してくれた和歌山の人たちが
喜んでくれることはどんどんするべきなんだ・・・
試合も大事だが、この交流も大事にしたいと選手全員も言っている」


このオルセン監督、この発言だけでも『いい人』をかもしだしているのだが
彼のエピソードをもう一つ語ろう

ホテル入り初日のことである

デンマークチームが来日し、ホテルでの歓迎セレモニーを受けた後
再度、宿泊先のホテルの支配人と料理担当のコック長が監督の部屋へ挨拶に訪れた

「これからの数日よろしくお願いします」という言葉とともに
彼ら、支配人とコック長にはもう一つ言っておきたい・・聞いておきたいことがあった
彼らにはもう一つ『心配のタネ』があった・・・

それは食事の問題であった

ホテル側も選手たちには万全の状態で試合に臨んでほしかった
食事が口に合わない・・・それが原因ということだけは避けたかった

他国の宿泊先ホテルに連絡をすると、食事でかなりもめたという事を聞いていた
「口に合わない」「母国の材料で調理してくれ!」といった文句を
言われたという事を彼らは聞いていた・・・


デンマークが宿泊したホテルの支配人はこう言った

こういったトラブルだけは「どうしても避けたかったんですよ」と
それゆえ「最初に監督さんに聞いて、チームの意向を聞こうと思って
挨拶にいったんですよね」と言っていた

その想いから、支配人とコック長は監督の部屋を訪れた

そして通訳を介し、監督に聞いた


「食事で何かご要望とかはございますか?」と支配人は聞いた

するとオルセン監督はこう答えた

「一切お任せします そちらが用意される料理を我々はご馳走になります」と・・・

この言葉に驚いた支配人とコック長

「いや・・やはり母国デンマークの食事の方がいいんじゃないでしょうか?」

「こちら和歌山をキャンプ地に決めたときから、食事も
そちらにお任せしようと私と選手たちは言っていた。選手も理解している
全てをあなたたちにお任せします」

「あの~~他の国とかのホテルにお聞きすると・・・
食事はやはり母国のほうが好まれると聞いたものでして・・・」

この言葉にオルセン監督はこう言った

「他国は他国、我々は我々です」

この言葉に支配人は
「あの言葉で本当にホッとしましたよ・・・滞在中は無事に過ごせていただけると
あれで思いましたね」と言っていた

さらに、オルセン監督はコック長に向きなおし、言い出したという

「我々は料理をあなたに全てお任せします。よろしくお願いします」

緊張しながらも「はい!こちらこそよろしくお願いします」と答えるコック長

そして、コック長に聞くオルセン監督

「和歌山で有名な食材は何ですか?」と彼は聞いた

この質問の真意がわからずもコック長は監督に答えた

「和歌山では魚が有名です、カツオという魚が特に有名です」と・・・


するとオルセン監督は微笑みながらコック長に言った

「それでは、そのおいしいカツオを我々に食べさせてください
あなたが腕をふるって、おいしいカツオを選手たちに食べさせてやってください」と言った

この言葉にコック長は大変感激した

「世界の代表監督が、あんないい人だったからね~~
いっぺんでデンマークのファンになりましたよ!」と言っていた

この食事に対する『良き姿勢』は監督だけではなった
選手たちも同様だった

最初の食事を迎えた時、ある選手が通訳に聞いた

「デンマークでは食事するとき神への祈りをするのだが
日本では食事始める時に何かするんですか?」と聞いた

デンマークは国民の9割がプロテスタントである
神への祈りを終えてから食事を始める

この選手は日本ではこれの代わりに何かするのか?と聞きたかったのである
これに答える通訳

「日本でもキリスト信者は神に祈ってから食べるけど
たいていは手を合わせて『いただきます』と言ってから食べます」と答えた

すると彼は・・・
「こうやるの?」と通訳に聞きつつ、手を胸の前で合わせた
これに通訳は「そうそう!その両手をもう少し上に上げて!」と言った

その言葉に彼は顔の前まで手を上げる
「そうそう!」と答える通訳

そして彼はその姿のまま、コック長の方へ向き頭を下げた
それを見ていた他の選手たちも彼にならい、手を顔の前で合わせた
この時から、食事のたびに手を合わせる選手たち

コック長は言った
「今の日本人でも『いただきます』『ごちそうさま』言えないヤツが多いのに
外国の人にあんなことされたらね~~むちゃくちゃ嬉しかったですよ」と・・・

この最初に手を合わせた選手の名を・・・


トマソンといった


このトマソン選手・・・今大会では4得点をあげ
デンマークを決勝トーナメントに進出させた立役者である
あの日本代表・小野選手と同じオランダ・フェイエノールトに所属することでも有名な彼

彼は少し神経質の面を持ちあわせているのだが、非常に心優しい青年だ


トマソン、彼の優しき一面をもう一つ語りたい

それはある握手会でのことである

デンマークというチームは前述したように
練習を公開し、和歌山県民との交流を積極的に行った

練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い
握手会、サイン会もたびたび行った

そのひとコマの話である

あの日も、いつものごとくサイン会が行われた
気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった

あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた
気軽にサインをするデンマーク選手たち
もちろんトマソンもその中にいた

その最中のことである

トマソンの前にある少年が立った

彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた

後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す
「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた

トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう
通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた

意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した
それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという
英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった



「ボクは小さいころに、病気にかかって
口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・
だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです
デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです
頑張ってください」と・・・


その手紙に通訳も・・・その場にいた我々記者も驚いた
言葉が出なかった・・・


だが、トマソン選手はニッコリと微笑み少年に・・・
「それなら君は手話はできますか?」と・・・


手話で語りかけた

その『言葉』に驚く少年と母親

再度聞くトマソン・・・

「手話はわかりませんか?」と・・・

それを見ていた皐月パパはトマソンに英語で言った

「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った

手話を万国共通と思う人が多いのだが
国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う

「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン

そして彼は通訳にこう言った

「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った
微笑んで「わかりました」と答える通訳

トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」とも言った

後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・
彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう

そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった


「君はサッカーが好きですか?」

「はい。大好きです」

「そうですか。デンマークを応援してくださいね」

「はい。あの聞いていいですか」

「いいですよ。何でも聞いてください」

「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」


この少年の質問に彼は答える


「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます
その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・

その彼の言葉をじっくりと読む少年
そしてトマソンは少年に言った

「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが
君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています
君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」

この言葉に黙ってうなずく少年

「わかっているなら、オーケー!
誰にも辛いことはあります。君にもボクにも
そして君のお母さんにも辛いことはあるのです
それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った

このやり取りに涙が止まらない母親

この光景を見ていた我々記者も涙した
その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した

そして、トマソンは最後に少年にこう言った

「ボクは今大会で1点は必ず獲ります
その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように
ボクは祈っておきます」

この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた

「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った
そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親

ボクの取材に母親は目に涙を浮かべて言った

「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ
日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と
涙を流し、笑いながら言った・・・・


そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた
1点どころか、彼は4得点という大活躍だった

こんなトマソン、デンマークを見た皐月パパも
いっぺんにファンになってしまった^^;

1次リーグ、フランスという前回覇者と同組だったデンマーク
彼らをボクは応援した・・・

もちろん和歌山県民も応援に訪れた
試合が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた

オルセン監督は言った
「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかった
あれが我々の力になった」と・・・

和歌山県民の応援も実ったのであろう
フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分け
見事1位通過を決めたのである

そして、向かえた決勝トーナメント1回戦
場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった

スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた

その声に皐月パパは叫ぶ

「ダニッシュ・ダイナマイトで・・・にわかイングランドファンを黙らせろ!」
「ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた^^;

だが・・・この応援も届かなかった
和歌山県民の想いも通じなかった

デンマークはイングランドに0-3という予想外のスコアで敗れてしまった
その日の和歌山県には雨が降ったという


県民の涙雨だったのかもしれない・・・・


負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた
「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった・・・

だから、彼らは行なった

デンマークお疲れさま!会なるものが宿泊先のホテルによって仕切られた
そこに駆けつける多数の県民
会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた

その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督
もちろん選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた

そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた

少年と母親もその会に出席していた
少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン
トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる
少年はトマソンへ笑顔を向ける

そして、トマソンは少年にこう語りかけた


「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた

これに少年は答える

「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです
それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・・

「ありがとう」と言うトマソン

そして、この少年にトマソンは言った

「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」

「はい」

「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている
それは神様が決めたことであり、今からは変えられない
ボクが言いたいことわかりますか?」

「はい」

「神様は君に試練を与えたけど、君にも
必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです・・・
そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った

この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った

そして2人は・・・

「さようなら」

「頑張って」

という言葉を残し彼らは別れを告げた

最後に2人は仲良く写真におさまった
飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人

この写真は少年の宝物になることだろう

トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・
彼の転機になることを皐月パパは祈ってやまない

小さな少年、心優しきトマソンに
これからも栄光あれ。。。




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今日だけは『落ち』を入れたくなかったんですよ^^;

ボクだけの話なら『落ち』入れてもいいんだけど・・・
今日の物語で落ちを入れると・・・少年とトマソンに
失礼な気がして・・・やめました

ま~~入れようと思えば入れることは可能だったけど
それなりの話もあるけど、あえてやめました^-^;

長々と最後まで読んでくれた方に感謝デス♪

以上全文でした。
ちなみに観戦したフランス戦でトマソンはゴールを決めました。
そして、昨年のトヨタカップ、「やはりトマソンがもう一度見たい!」という気持ちで、
なんとかチケットを確保して、横浜国際競技場で生観戦。この試合でもトマソンは
見事なゴールを決めてくれたのでした。
その晩は、興奮で、夜行バスでなかなか寝付けなかったなぁー。
トマソンがまた来日することがあれば、是非、また応援に行きたいと思う。
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by kawapei | 2004-12-01 03:06 | サッカー